【プロフィール】バドミントン・アーカイブ の管理人「スカラー」って何者なん?←お答えします

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バドミントン情報を届けるブログ「バドミントン・アーカイブ」の管理人 スカラー(@badminton_crow)です。

このサイトの記事を見て「これを書いてる人ってどんな人なん?」と、少しでも著者に興味を持ってくれたあなたに、わたし「スカラー」の自己紹介をさせていただこうと思います!

どんな人?

Photo by Maik Fischer on Unsplash
  • 年齢:20代
  • 出身:大阪府
  • バドミントン歴:人生の半分以上(中学生のときから)
  • 最高成績:大阪府ベスト8(中学・高校)

わりとどこにでもいる普通のプレーヤーです。いまでも関西圏の某社会人クラブに所属してバドミントンを楽しくやっています。

詳細は言えないんだけど、いまは少しだけバドミントン界に貢献するお仕事もやってます。

バドミントンとの出会い、そして…

わたしの場合、バドミントンとの出会いは家族でした。幼少期から大阪の某実業団チームの応援にかけつけて、なんとなくバドミントンに対する憧れみたいなものを持っていた。

その実業団チームの練習に連れて行ってもらって、実業団1部の選手に遊び相手でバドミントンをやってもらうという、いま考えたらなんとも羨ましいほどに贅沢な幼少期をすごしましたw

中学生のころ

小学生のころは別のスポーツをやっていたんだけど、中学生からバドミントンを始めることに。

小学生の時の指導者もめっちゃ厳しい人たちだったけど、中学校のバドミントン部の顧問の先生もめっちゃ厳しい人で、練習漬けの日々でした。

Photo by Glenn Carstens-Peters on Unsplash

さて、バドミントンにまったく関係のないところだと、中学生の頃にクラスメートから誘われて「ブログ」をやることに。

クラスメートの8割ほどが持っていた「携帯電話」を買ってもらえなかった自分にとって、パソコンからインターネットに接続して発信する日々。それはもう刺激的だった!!

ガラケー全盛期で「学校裏サイト」にみんなが没頭していた2000年台半ばの当時、ひとりで淡々とパソコンからブログを更新する日々。テスト前や受験勉強中にも1日5更新とかやってるぐらい、ブログ狂だったことをいまでも覚えていますww もちろん担任の先生にはこっぴどく叱られたけどね(

香川、埼玉、大阪、北海道…などなど、ブログを通じて知り合った人たちがたくさんできました。家と学校の世界だけが全てだった自分にとって、インターネットを介して日本中の色んな人たちとお話できたことは革命的だった。 わたしという個人の世界における、大きなパラダイムシフトが起きたのです。

いま思えば、インターネットに魅せられた最初の瞬間が、これだったんだろうな…。

憧れの高校生活

高校でも迷わずバドミントン部に入部しました。

…という言葉は正確ではありません。むしろ、その高校のバドミントン部に入りたくて高校受験をしました。

もともとバドミントン一本で生きていくつもりなんてなかったわたしには、スポーツ推薦なんて眼中になくて「文武両道」をポリシーに中学3年間がんばっていました。

Photo by Green Chameleon on Unsplash

ある日、憧れの他校の先輩たちが、近くの学校のバドミントン部に在籍している…という情報を聞きつけます。

先輩たちが在籍していたその高校は、なんと学区のなかで一番の進学校。 それでも「なんとかあの人達と一緒にバドミントンをやりたい!」という気持ちだけをモチベーションに勉強もがんばりました。晴れて憧れの高校へ入学を果たします。

高校では、先輩はもちろんのこと、同級生にも、後輩にも、指導者にも恵まれました。

悔しい大会もたくさんあったけど、中学生のとき果たせなかった個人戦での近畿大会出場と、高校3年間で密かに目標にしてきた大阪府団体戦3位の成績を取ることができて、とっても充実した3年間を送ることができた。

小・中・高・大と学校生活を送ってきたけど、間違いなく高校3年間が一番楽しかったです。

ブログに関して言えば、この頃も細々と運営を継続。初めて「オフ会」なるものに参加したりもしました。

同じ趣味を持つ人が身近にいなくても、インターネットを介して発信を続けていれば同志と出会うことができる。そうした実感は何ものにも代えがたいものでした。

暗黒の大学時代

「バドミントン」だけがモチベーションで高校受験をがんばったわたしにとって、何の目標も持てない大学受験では苦戦を強いられました。

高校3年間を通じて成績も常にまんなかぐらい。第一志望の国立大学には落ちて、第二志望の国立大学にしぶしぶ行くことに。

体育会のバドミントン部を3ヶ月でやめたこともあり、バドミントン的にはちょっと伸び悩んだ時期でした。バドミントンに対するモチベーションも低下して、そこから気持ちを立て直してまた前を向くまでに1-2年ほどかかっている。

【バドミントン】大学では体育会(部活)に入るべき?体験談を語ろう

とはいえ、この時期はバドミントン以外で得たものがたくさんあり、自分という人間を形成する上で不可欠な大学4年間だった。集大成となる卒業論文も最高成績の「秀」を獲得。自信もつきました。

Photo by Jasmine Coro on Unsplash

ネットに関して言えば、大学生の頃になるとブログからmixiへ、そしてmixiからTwitterへと主戦場を移動することになった。

大学卒業後

会社員としてはたらきはじめて数年で最初の職場からは転職。現在、バドミントン界に少しだけ貢献するお仕事もしています。

バドミントン自体は週に2回前後の練習を確保。現在の目標は30歳になったときに全日本シニアに出場することです。あと数年は、バリバリ現役の大学生や高校生の選手と戦って鍛えられる日々を送ることになりそう\(^o^)/

大学卒業後、数年立ってからブログを再開。実はインターネットを使ったビジネスもひっそりと営んでいます。全然儲かってないけどな!!(ぁ

現在も「バドミントン・アーカイブ」をはじめとして、いくつかのウェブサイトを運営中。このブログにも実は1万円以上する有料テーマ「SANGO」が使われている程度には、ブログのことが大好きですw

好きなプレーヤーなど

種目別に好きなプレーヤーを挙げると、こうなる!!

  • MS:ピーター・ゲード さん
  • WS:廣瀬栄理子 さん
  • MD:イ・ヨンデ さん、ヘンドラ・セティアワンさん
  • WD:松友美佐紀 さん、高橋礼華 さん
  • XD:栗原文音 さん、数野健太 さん

シングルスでは、ピーター・ゲード選手のような柔らかくてトリッキーなラケットワークに憧れ、廣瀬栄理子選手のような粘り強いラリーと天井まで届きそうなロングサーブをお手本にして育ちました。

男子ダブルスでは、イ・ヨンデ選手のようなダイナミックかつ繊細なプレー(と、見た目)が大好きで、いまでも現役のヘンドラ・セティアワン選手の刺すようなドライブ捌きに憧れずにはいられない。

女子ダブルスでは、松友美佐紀選手のようなゲームメイクと鋭いネット前のタッチを見ていると新しい発見の連続です。そしてそのペアである高橋礼華選手の尽きることない連続攻撃もかっこいい…!

また、大人になってからミックスダブルスをやり始めたのですが、そのきっかけの1つが栗原文音選手の 2015年スディルマンカップでの大活躍を目の当たりにしたからでした。そしてそのペアであった数野健太選手の圧倒的なパワーのスマッシュは、いまでも自分の中でのお手本です。日本のミックスダブルス界に、世界と戦う「道」を再びひらいたのはこの人たちだと思っています。

プレースタイルなど

  • 好きなショット:スマッシュ
  • 嫌いなショット:相手のピンサ

とにかく動きまくる&打ちまくるシングルスプレーヤーで、ダブルスでも圧倒的後衛キャラ。松友美佐紀選手やヘンドラ・セティアワン選手が大好きなわりに、細かいドライブ系やレシーブ系のショットは大の苦手ですw

もともと(長い距離を)走ることとかが大嫌いなので、ランニングや筋トレなどは一切していません。唯一好きなのが縄跳び(二重跳び)なので、それは気が向いたらやってるぐらいかな。

人生をバドミントンに賭けてきたトップ選手からすれば「趣味」「お遊び」程度のレベルだろうけど、「いまが一番強い」という気持ちは忘れずに持って、全日本シニア出場を目指します♪

ハンドルネームについて

「スカラー」という名前についてだけど、由来はこんな感じ。

  • バドミントンだし、何か「空」「鳥」に関する名前がよかった(→カラス)
  • 「学者」の意味で、かっこよさげ(例:Google Scholar)
  • ドラクエが好き(→スカラ)

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